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2003.12
神武天皇のお父さんも人工栄養で育った
 さて今の世の中、お母さんになろうとしている方で、何とか母乳で育てたいと思いながらも、万一母乳が出なかったら赤ちゃんが育たないと思っておられる方はいないでしょう。しかし今日のように、まがりなりにも安全な人工栄養のためのミルクが得られるようになったのは、近々50年のことです。その歴史をここで振り返ることは、今日の人工栄養を理解・評価する上で大切なことと思われますので、先に紹介した「母乳が足りなくても安心」の中の土屋氏の記述をかいつまんで紹介してみましょう。人工乳による人工栄養は、苦難に満ちた試行錯誤の歴史でした。

 『今のイラクの地であるメソポタミアにあったバビロニア王国のハムラビ王によって、紀元前1700年頃作られた世界最古の憲法といわれるハムラビ法典には、乳母の制度が定められていたと言います。ということは、何らかの原因でお母さんの乳が飲めなくて、他の女性の乳をもらって育てられる赤ちゃんがいたということです。古代ローマ遺跡からは哺乳器、今日で言えば哺乳瓶が発掘されており、人工栄養が行われていた証拠と言えます。
 古代エジプトの銅板画には、子どもが牛の乳房から直接乳を飲んでいる姿が見出されています。ところで東大小児科の初代教授であった広田先生は、フランスで子どもに牛の乳房から乳を飲ませている光景を見たと言っておられましたから、ヨーロッパでは、この直接哺乳が19世紀末頃まであったということでしょう。』

『さて日本では、7世紀の初め頃に書かれた日本書紀に、神武天皇のお父さんであるウガヤフキアエズノミコトが人工栄養されたエピソードが見られます。神話は歴史的事実とは違うでしょうが、古代のわが国の子育てを反映したものと考えて良いのではないでしょうか。』
 『人類が乳を利用し始めたのは1万年くらい前であったと言います。牛乳は、日本には奈良時代、7世紀の中頃に伝わっていますが、どちらかと言えば薬と考えられていたようで、ついに庶民の食料として定着することはありませんでした。従って育児用に牛乳が用いられることはなく、母乳の代用乳としては、粥をすりつぶした乳柱(ちはしら)や重湯など、栄養学的に見れば極めて貧弱なものしか用いられませんでした。』

 『時代は下っても、人工栄養の改善はほとんど見られませんでした。19世紀初頭のロンドンでは、非母乳栄養児の生存率は、10%であったと言います。残念ながら当時の母乳栄養児の生存率がどれくらいであったかについては、はっきりしません。
 このような中にあっても人工乳改善の試みが行われていたことは、江戸深川の医師桑田立斉が1853年に刊行した愛育茶談という書物に、「代乳」に関する記載があることからもうかがわれます。その中には、牛乳は濃いので薄めて使うという記述が見られます。しかしわが国で代用乳として牛乳が広く用いられた形跡はないので、彼の記述は、当時ヨーロッパで行われていた実態をオランダ医学書から借用してきたものであろう。』と土屋氏は推量しています。

 いずれにしても、人工乳の改善が動き出すのは、19世紀中頃からの科学技術の進歩を待たねばなりませんでした。


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