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ミルクの達人養成講座

明治粉ミルク90年の歴史母乳サイエンスってなんだろう?安心をつくる「明治の約束」成長段階別の栄養ガイドチャレンジ!粉ミルク検定

明治粉ミルク90年の物語

ほほえみちゃん

明治粉ミルクが歩んできた90年には、母乳栄養を目指した、日本初、世界初の歴史があります。

赤ちゃんの栄養不足を解決したいという想いから始まった明治の粉ミルク。
日本で初めてのソフトカード化、世界で初めてのDHAの増強、
世界で初めてのベータ・ラクトグロブリンの選択的分解、
世界で初めて※のキューブタイプの粉ミルク「明治ほほえみ らくらくキューブ」の発売。
赤ちゃんの健康・安心・育児をサポートしたいと願う気持ちが、
日本初、世界初の商品を生み出してきたのです。
※2007年10月時点

Episode-1

粉ミルクづくりの幕開け

粉ミルク開発は、19世紀末のヨーロッパで始まりました。日本で牛乳が人工栄養として用いられたのは、明治時代。牛乳に砂糖を加える加糖練乳が一般的で、栄養面では不十分なものでした。
「いかに母乳に近い粉ミルクを作るか」それが、粉ミルク開発の歴史なのです。

1923年 パトローゲン 日本で初めて、オリザニン(ビタミンB1)を添加した乳児用ミルクを発売。

Episode-2

粉ミルク開発の進化の時代

戦争が終わり、日本社会にも近代化の波がやってきます。
粉ミルク開発も、時代と共に一歩ずつ進化していきました。

1951年 ソフトカード明治コナミルク 日本で初めて、たんぱく質の加熱処理によりソフトカード化。この改良によって、たんぱく質が胃の中で消化されやすくなりました。

1961年 ソフトカード明治コナミルク  F 日本で初めて、必須脂肪酸であるリノール酸を多く含むコーンオイルによって牛乳脂肪の一部を置換。

1966年 ソフトカード明治コナミルク  FM 日本で初めての単一調乳粉ミルクです。殻粉を入れる必要がなくなり、調乳を容易にしました。また、この時に衛生的で便利なハイシール缶を初めて使用しています。

Episode-3

母乳調査と発展の時代

画期的な調査活動が全国規模で実施された結果、現在の粉ミルクにつながる大きな発展を遂げました。

開発・研究がさらに進歩する、2つの調査が始まる!!

1970年 ソフトカード明治コナミルク  FM-U 日本で初めて脂肪のトリグリセリド構造を改良しました。これによって、脂肪の消化、吸収性がいちだんと進歩しました。

1971年6〜7月 「第1回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1974年発表)

1975年 ソフトカード明治コナミルク  FM-S しょ糖の使用をやめ、甘味をソフトにしました。また脂肪の構造をさらに改良することに成功しました。

1976年5月 「第2回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1979年発表)

1978年 ソフトカード明治コナミルク  FA カルシウムとリン、カリウムとナトリウムなどのミネラルバランスを改良しました。

1979年〜80年「第1回 日本人の母乳組成調査」 1.666人

1979年6〜7月 「第3回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1980年発表)

1981年 ソフトカード明治コナミルク  FM-K ビタミンKを増強するとともに、ビタミンD3を使用し、ミネラル、たんぱく質、脂肪の組成を改良しました。

1982年11〜2月「第4回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1984年発表)

ソフトカード明治コナミルク FK-T タウリンを母乳の平均値まで適量配合しました。また、リノール酸、リノレン酸を増強し、銅、亜鉛を配合しました。

1985年6〜10月「第5回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1988年発表)

1987年 ソフトカード明治コナミルク FK-3 ドコサヘキサエン酸(DHA)を増強しました。DHAは、赤ちゃんの発達に大切なn-3系列の脂肪酸です。

1989年6〜12月「第6回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1993年発表)

1991年 ソフトカード明治コナミルク F&P 世界で初めて母乳にはないベータ・ラクトグロブリンの選択的分解に成功しました。

1992年6〜12月「第7回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1997年発表)

1994年 ソフトカード明治コナミルク  F&P-f アラキドン酸(ARA)とDHAとのバランスを改善しました。また、コレステロールの強化によって、脂質全体のバランスを母乳に近づけました。

1995年6〜12月「第8回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1999年発表)

1997年 ソフトカード明治コナミルク ほほえみ DHAの強化に合わせてアラキドン酸(ARA)も強化しました。さらに、ヌクレオチドとセレンも強化しています。

1998年〜99年「第2回 日本人の母乳組成調査」 4,190人

1998年10〜3月 「第9回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」(1999年発表)

2001年 ソフトカード明治コナミルク ほほえみ リン脂質組成のスフィンゴミエリンを強化。また、アミノ酸組成をアルファ・ラクトアルブミンの増強とトリプトファンの確保によって、さらに母乳に近づきました。

2001年10〜3月 「第10回 乳児の発育、哺乳量、便性調査」

2005年 明治ほほえみ 母乳にさらに近づけるため、ラクトアドヘリンを配合。

2007年 明治ほほえみ らくらくキューブ 世界初、キューブタイプの粉ミルク。添加物を加えず「明治ほほえみ」をそのまま固めた使い勝手のよい形状を実現。

2012年 明治ほほえみ 明治ほほえみ らくらくキューブ 日本で初めてアラキドン酸(ARA)を母乳の範囲まで増強。

《時代背景》

※当時のイメージ

〜大正時代〜

1923年(大正12年)関東大震災が起こる。

〜昭和10年代〜

戦時下の物資統制

粉ミルクの原料が不足し、玄米のとぎ汁を与えることもしばしばあったそうです。大豆や煮干、蚕のさなぎやイナゴなども赤ちゃんの栄養源として研究されたといわれます。

※当時のイメージ

〜昭和20年代〜

1947〜1949年(昭和22?24年)第1次ベビーブーム到来。

乳等省令の発令

終戦により、物資統制が解除され、厚生省(当時)が粉ミルクなどの規格を定めたものが発令し、乳児栄養への取り組みが活発化していきました

〜昭和30年代〜

1961年(昭和36年)「上を向いて歩こう」が流行歌に。

※当時のイメージ

〜昭和40年代〜

高度経済成長の時代

人々の生活はより豊かになり、便利さを求める時代になりました。粉ミルクにおいても、栄養に加えて、便利さへの開発が求められるようになり、これまでの糖分を加えるものから、単一調乳粉ミルクが一般的となりました。

※当時のイメージ

1970年(昭和45年)日本万国博覧会が開かれる。

1971〜1974年(昭和46?49年)第2次ベビーブーム到来。

〜昭和50年代〜

山陽新幹線

1975年(昭和50年)山陽新幹線が博多まで開通。

1978年(昭和53年)巨人軍の王選手が800号本塁打を達成。

1981年(昭和56年)千代の富士が58代横綱に。

新札

1984年(昭和59年)1万円札、福沢諭吉。5000円札、新渡戸稲造。1000円札、夏目漱石。明治の文化人を肖像にした新札発行。

1987年(昭和62年)利根川教授にノーベル賞がおくられる。

瀬戸大橋

1988年(昭和63年)瀬戸大橋が開通。

〜平成時代〜

横浜ランドマークタワー

1993年(平成5年)横浜ランドマークタワー完成。

〜少子化の時代〜

少子化の流れを変え、男女ともに子育てや介護をしながら. 働き続けることができる社会を目指して育児・介護休業法が改正。イクメンが話題に。

イクメン

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